派遣労働者のメンタルヘルスとストレスチェックにおける派遣元・派遣先の役割
秋の夕暮れは「つるべ落とし」などと言いますが、日が暮れるのが早くなると、なんとなく気分が落ち込みがちになる人も多いかもしれません。
実際、厚生労働省の「働く人のメンタルヘルス・ポータルサイト」によると、季節性うつ病は秋から冬にかけて発症し、春に症状が軽快する傾向があり、日照時間や遺伝的な光感受性の減弱が関係している可能性も指摘されているそうです。
弊社でも、日々の労務相談や傷病手当金の申請手続きを通して、労働者のメンタルヘルスに関する案件に触れることも多くあります。
そこで今回は、その中でも、特殊な雇用形態であり、職場環境の変化も多い傾向にある派遣労働者のメンタルヘルスについて、ストレスチェックにおける派遣元と派遣先の役割を中心に取り上げます。
1.メンタルヘルス不調に関する調査
厚生労働省では毎年「労働安全衛生調査(実態調査)」の結果を公表しています。この調査は、事業所が行っている安全衛生管理、労働災害防止活動及びそこで働く労働者の仕事や職業生活における不安やストレス等の実態について把握し、今後の労働安全衛生行政を推進するための基礎資料を得ることを目的とするものです。
以下、令和6年度調査(令和5年11月1日から令和6年10月31日までの期間)からメンタルヘルスに関する結果を見ていきます。
(1)メンタルヘルス不調で長期休業・退職した労働者の状況
①事業所ベース
・「連続1か月以上休業または退職」した労働者がいた事業所:12.8%(令和5年調査13.5%)。
⇒このうち
・「連続1か月以上休業」した労働者のみの事業所:10.2%(同10.4%)
・「退職」した労働者がいた事業所:6.2%(同6.4%)
②労働者個人ベース
・連続1か月以上休業した労働者:0.5%(同0.6%)
・退職した労働者:0.2%(同0.2%)
事業所ベースにおいては、昨年から比べるとわずかに改善していますが、それでもまだ1割以上の事業所においてメンタルヘルス不調による長期離脱が発生しています。労働者個人ベースにおいては、事業所ベースにおける発生率から考えると数値的には少ない印象を待たれるかもしれませんが、少ない人数という点に惑わされることなく対策は取っていくべきであると考えます。
(2)メンタルヘルス対策への取組とストレスチェック結果の活用状況
①メンタルヘルス対策への取組状況
・メンタルヘルス対策に取り組む事業所:63.2%(令和5年調査63.8%)。
事業所規模別
・労働者50人以上の事業所:94.3%(同91.3%)
・労働者数30~49人の事業所:69.1%(同71.8%)
・労働者数10~29人の事業所:55.3%(同56.6%)
②取組内容(複数回答)
・ストレスチェックの実施:65.3%(同65.0%)
・職場環境等の評価・改善(集団分析を含む):54.7%(同48.7%)
③ストレスチェックの実施状況(事業所規模別)
・労働者数50人以上の事業所:89.8%(同89.6%)
・労働者数30~49人の事業所:57.8%(58.1%)
・労働者数10~29人の事業所:58.1%(同58.6)
④ストレスチェック結果の活用状況
・結果の集団(部、課など)ごとの分析を実施した事業所:75.4%(同69.2%)
・分析結果を活用した事業所:76.8%(同78.0%)
メンタルヘルス対策への取組状況、ストレスチェックの実施と活用について、数値的には一定の成果がみられる印象です。ただ、それでもなおメンタルヘルス不調を訴える労働者が出ている事業所が多いことを考えると、チェックが形式的になっているのではないか等の検証が必要かもしれません。
2.ストレスチェック制度
ストレスチェックは、定期的(1年に1回以上)に労働者のストレスの状況について検査を行う制度です。本人にその検査結果を通知することで、自らのストレスの状況についての気づきを促し、個人のメンタル不調のリスクを低減させることを目指します。さらに、検査結果を集団的に分析し、職場環境の改善につなげることによって、労働者がメンタル不調になることを未然に防止することを目的としています。
①対象事業場
常時50人以上の労働者を使用する事業場(労働安全衛生法2015年12月施行)が対象となります。
この場合の「労働者」には、パートタイム労働者や派遣先で就業している派遣労働者もカウントに入れる必要があります
②ストレスチェックの対象者となる「常時使用する労働者」
以下のいずれの要件も満たす労働者が、ストレスチェックの対象者となります。
・期間の定めのない労働契約により使用される者(期間の定めのある労働契約により使用される者であって、その契約の契約期間が1年以上である者、契約更新により1年以上使用されることが予定されている者、1年以上引き続き使用されている者を含みます)であること。
・1週間の労働時間数がその事業所において、同種の業務に従事する通常の労働者の1週間の所定労働時間数の4分の3以上であること。
③50人未満の事業場の義務化
常時50人未満の事業場については、「当分の間、努力義務」とされてきましたが、2025年5月14日公布の「労働安全衛生法及び作業環境測定法の一部を改正する法律」の成立により、50人未満の事業場についても実施が義務となりました。
ただし、施行期日については「公布後3年以内に政令で定める日」とされ、準備期間が設けられています。
3.ストレスチェックの主な実施内容
(1)ストレスチェックの実施
ストレスチェックの受検は、労働者には義務ではありません。しかし、受検率が低くなると、その後の集団分析に偏りが生じます。より正確に職場の状況を把握するためにも、なるべく多くの労働者に受検してもらえるような環境づくりが必要です。
(2)高ストレス者への医師による面接指導
ストレスチェックの実施後、医師による面接指導を受ける必要があるとされた者からの申出に応じて、面接指導を行い、その結果を5年間保存する必要があります。
面接指導による申出を促すためにも、その趣旨と目的をしっかりと労働者に周知するようにする必要があります。
(3)就業上の措置の実施
医師の意見に基づき、必要がある場合には、その労働者の実情を考慮して、就業場所の変更、作業の転換、労働時間の短縮、深夜業の回数の縮減等の措置を検討・決定します。
就業上の措置を実施する場合、その事業場の産業医等の、産業保健スタッフとの連携はもちろんですが、その事業場の健康管理部門および人事労務管理部門との連携にも十分留意する必要があります。
(4)集団ごとの集計・分析(集団分析)
ストレスチェックの結果を、部署ごと、年齢や性別などの属性ごとにまとめて分析します。個人が特定されないように配慮したうえで、事業場全体のストレス状況や課題を把握するために行います。署別の比較などのほかに、過去の結果と比較し、職場のストレス状況の変化を確認することも大切です。
4.ストレスチェックにおける派遣元事業者と派遣先事業者の役割
①派遣元事業者で実施するもの
ストレスチェックの実施主体は、派遣元事業者となります。
派遣元は以下の項目を実施する義務があります。
・派遣労働者に対するストレスチェック
・医師による面接指導
・就業上の措置の実施
派遣元事業者は、これらを実施するために、必要に応じて派遣先事業者に協力要請を行うことになりますが、あらかじめ派遣労働者本人に同意を得る必要があります。
具体的には、面接指導に必要な情報(労働時間や勤務状況など)の提供を依頼する場合、派遣労働者に対して就業上の措置を講じる場合などが該当します。
なお、派遣元から派遣先への依頼(契約による委託)により、派遣元事業者の負担で派遣先事業者が実施するストレスチェックを派遣労働者に受けさせることは可能です。
ただしこの場合、労働者にとって受検の機会が一度で済むというメリットがあるものの、誰が事業者への結果提供の同意を得るのか、結果を派遣先の実施者から派遣元にどうやって提供するのか、誰がどこで結果を保存するのかなど、派遣元と派遣先との間で複雑な情報のやりとりや取り決めが必要となります。
②派遣先事業者にて実施するもの
集団ごとの集計・分析(集団分析)は、派遣先事業者が実施することが望ましいとされています。
集団分析は、職場単位で実施することが重要といえますので、派遣先事業場における派遣労働者も含めた一定規模の集団ごとにストレスチェック結果を集計・分析するとともに、その結果に基づく措置を実施すべきというのが理由です。
なお、集団分析は努力義務となっています。
5.派遣元事業者の義務履行に対する派遣先事業者の協力
派遣元事業者が適切に義務を果たすためには、派遣元事業者からの協力要請を踏まえ、派遣先事業者も次の事項について協力する必要があります。
・ストレスチェック受検のための時間の確保
・医師による面接指導のための時間の確保、勤務状況に関する情報提供
・就業上の措置(労働時間短縮など)への協力
なお、派遣労働者の就業上の措置の実施に当たっては、派遣元と派遣先との連携が求められますが、派遣先との連携に当たっては、契約更新の拒否など不利益取扱いにつながることのないよう、次の点について、派遣元としても十分に配慮する必要があります。
①労働者派遣契約では、あらかじめ業務内容、就業場所等が特定されているので、派遣元が一方的にそれらを変更するような措置を講じることは困難であること。
②就業場所の変更、作業の転換等の就業上の措置を実施するためには、労働者派遣契約の変更が必要となりますが、派遣先の同意が得られない場合には、就業上の措置の実施が困難となるため、派遣先の変更も含めた措置が必要となる場合もあること。
6.派遣先事業者が行う集団的分析の留意点
①ストレスチェック複数回受検に対する説明
派遣先事業者が、派遣労働者も含めた集団分析を行う場合、派遣労働者は、
・派遣元が義務として行うストレスチェック
・派遣先が集団分析のために行うストレスチェック
の2回のストレスチェックを受ける可能性があります。
そのため、派遣先は、派遣労働者に対して趣旨を十分に説明し、理解を得るようにする必要があります。
②個人情報の取扱い方針の定め
派遣労働者を対象とした派遣先事業場でのストレスチェックの実施においては、派遣元事業者と協議し目的や手順についての合意、安全衛生委員会などで個人情報の取扱い方針を定めることが必要となります。
③派遣先で行うストレスチェックにおける配慮
派遣先で実施する派遣労働者に対するストレスチェックは、個人対応ではなく、集団ごとの集計・分析のために行うものであるたるため、次の方法で行うことも可能です。
・無記名で行う
・「仕事のストレス判定図」を用いる場合は集団分析に必要な「仕事のストレス要因」及び「周囲のサポート」についてのみ検査を行う
7.派遣先事業者による不利益な取扱いの禁止
ストレスチェック指針により、次のような派遣先事業者による派遣労働者への合理性のない不利益な取扱いは禁止されています。
①面接指導の結果に基づく派遣労働者の就業上の措置について、派遣元事業者からその実施に協力するよう要請があったことを理由として、派遣先事業者が、当該派遣労働者の変更を求めること。
②派遣元事業者が本人の同意を得て、派遣先事業者に派遣労働者のストレスチェック結果を提供した場合において、これを理由として、派遣先事業者が、当該派遣労働者の変更を求めること。
③派遣元事業者が本人の同意を得て、派遣先事業者に派遣労働者の面接指導の結果を提供した場合において、これを理由として、派遣先事業者が、派遣元事業者が聴取した医師の意見を勘案せず又は当該派遣労働者の実情を考慮せず、当該派遣労働者の変更を求めること。
④派遣先事業者が集団ごとの集計・分析を行うことを目的として派遣労働者に対してもストレスチェックを実施した場合において、ストレスチェックを受けないことを理由として、当該派遣労働者の変更を求めること。
(「ストレスチェック指針」より)
8.まとめ
今回は、派遣労働者のメンタルヘルスについて、ストレスチェックにおける派遣元・派遣先の果たす役割について取り上げました。
「労働安全衛生調査(実態調査)」によると、派遣労働者が現在の仕事や職業生活に関することで強いストレスと感じている内容で最も多い回答が、雇用の安定性でした。
派遣労働という雇用形態のなかで、派遣労働者が心身ともに安心して働ける職場環境を整えるためには、派遣元と派遣先の双方が互いに役割を理解し、連携することが不可欠です。ストレスチェックをきっかけとして、派遣元・派遣先が情報を共有して、派遣労働者一人ひとりに寄り添った支援体制を整え、健全な職場環境になることを願います。

