労働者派遣事業における熱中症対策と安全配慮義務
7月に入りました。雨や台風の影響からか、比較的昨年よりは気温の高い日が少ない6月でしたが、今年の夏も厳しい暑さになるとの長期予報も出ています。今年もここからが暑さも本番。
いよいよ気温がぐっと上がる日も増えてきそうです。
近年、夏場の猛暑は厳しさを増しており、職場における熱中症の件数も増えています。
特に屋外で作業する場合や空調設備が十分でない現場では、熱中症は重大な労働災害につながり得るリスクと認識されています。
このような中で、労働者派遣の現場においては、通常の雇用関係とは異なる構造になっているため、熱中症対策に関する責任の所在が曖昧になりやすいという問題があります。
そこで今回のコラムでは、労働者派遣事業における熱中症対策と安全配慮義務について、派遣元・派遣先それぞれの役割と実務上のポイントについて整理したいと思います。
1.熱中症と企業の法的責任
熱中症は、高温多湿な環境で体温調節機能がうまく働かなくなり、体の中に熱がたまって体温が上昇することで発症します。
重症化すると意識障害や多臓器不全を引き起こし、命に関わることもあります。
職場における熱中症の発生は、炎天下での屋外作業に限らず、空調設備が十分でない工場や倉庫、機械設備の近く、厨房などでも発生する可能性があり油断できません。
また、作業に不慣れな新入社員や派遣就業を始めたばかりの労働者は、暑熱環境への順応が不十分な場合が多く、熱中症のリスクが高まる傾向があります。
このような背景から、企業には作業環境や作業方法を見直し、熱中症を予防するための対策を講じることが求められています。
これは、企業が労働者の生命・身体の安全を確保するよう配慮するよう課されている「安全配慮義務」の一環であり、熱中症に対しても適切な予防措置が講じられない場合、業務上災害として認定される可能性があり、企業の責任が問われる場面も考えられます。
2.職場における熱中症予防対策
職場における熱中症対策としては、WBGT値(暑さ指数)の活用があります。
WBGT基準値とは、暑熱環境による熱ストレスの評価を行う暑さ指数のことで、実際の作業現場で測定します。
ただし、実測できない場合には、熱中症予防情報サイト等でWBGT基準値を把握します。
【WBGT基準値の活用方法】
下表「身体作業強度等に応じたWBGT基準値」に基づいて、身体作業強度とWBGT基準値を比べます。
その結果、基準値を超える場合には、次の対策を講じます。
・冷房等によりその作業場所のWBGT基準値の低減を図る
・身体作業強度(代謝率レベル)の低い作業に変更する
・WBGT基準値より低いWBGT値である作業場所での作業に変更する

以上の対策を講じても、基準値を超えてしまうときは熱中症予防対策として、作業環境管理、作業管理、健康管理、労働衛生教育といった対策を講じることになります。
これらの対策は、状況によっては企業の法的責任にも直結する重要な要素となっています。
3.労働者派遣における熱中症対策
労働者派遣においては、派遣元が労働者を雇用し、派遣先が日々の業務について指揮命令を行うという二重構造になっています。このため、安全配慮義務についても、派遣元・派遣先の双方が一定の責任を負うとされています。
「就業場所は派遣先なので、熱中症対策も派遣先だけが行えばよい」というわけではありません。
派遣元には、雇用主として派遣労働者の安全や健康に配慮する責任があります。
派遣先の作業内容や就業環境を十分に確認し、安全衛生教育の実施や健康管理を行うことが必要です。
一方、実際の就業現場である派遣先には、作業環境の改善、適切な休憩時間の確保、水分及び塩分の摂取、休憩場所の整備など、具体的な熱中症対策を講じる責任があります。
このように、派遣元と派遣先は、それぞれが異なる立場から派遣労働者を熱中症から守る必要があり、どちらか一方だけが対策を講じればよいものではありません。
以下、より具体的に取り組むべきポイントをみていきたいと思います。
4.派遣元が取り組む実務上のポイント
派遣労働者の熱中症対策に直接的な責任を負うのは、実際の就業場所である派遣先であることはすでに書いたとおりですが、派遣元にも派遣労働者の安全を確保する責任があるので、熱中症防止のための対策を講じる必要があります。
(1)派遣労働者への安全衛生教育
雇入れ時、もしくは業務内容の変更により暑熱環境のある職場へ派遣される前には、次のような安全衛生教育を行うことが必要です。
・熱中症のリスクや初期症状、適切な対処方法の理解
・水分、塩分補給の重要性
・体調不良時には無理をせず申し出ること
・同僚の異変に気付いた場合の対応
事前に教育を行うことで、労働者自身のセルフケア能力が高まり、熱中症の発生リスクを抑え、重症化を防ぐことにもつながります。
(2)派遣開始前の情報収集
派遣元として、派遣先の就業環境について、例えば次のような項目を事前に情報収集しておくことが重要です。
・就業場所は屋外か屋内か
・空調設備の整備状況
・高温環境での作業の有無
・作業時間や休憩時間は適切か
さらに、派遣開始後も定期的に派遣先を訪問し、労働者や就業環境の状況確認を行う体制を整えることも大切です。
5.派遣先が取り組む実務上のポイント
派遣先においては、まずは作業環境を客観的に把握することが大切です。そして、その結果に応じ、作業環境の改善、作業計画の見直しを行うなどの熱中症対策を行います。
また、2025年6月1日施行の改正労働安全衛生規則によって定められた「職場における熱中症対策の強化」についても、今一度確認しておきましょう。
(1)作業環境の客観的把握と熱中症予防
具体的には次のような措置により、熱中症対策を行うことが考えられます。
・WBGT値の測定、気温・湿度の記録を通じてリスクを可視化
・WBGT値等に応じた作業計画の見直し
・定期的な休憩の確保(休憩回数の増加)
・作業時間の短縮
・空調服や送風機の活用
・飲料水や塩分補給用品の配置
なお、体調不良者が出てしまった場合には、その者への早期対応といった基本的な対策を確実に実施する必要があります。
さらに、派遣労働者であっても自社の労働者と同様に取り扱い、安全管理の対象から外さないという強い意識が不可欠です。
(2)職場における熱中症対策の強化(2025年6月1日施行)
熱中症のおそれがある労働者を早期に見つけ、その状況に応じ、迅速かつ適切に対処することにより、熱中症の重篤化を防止することを目的として、次の①②についての「体制整備」、「手順作成」、「関係者への周知」が事業者に義務付けられています。
【対象となる作業条件】
・WBGT28℃以上、または気温31℃以上の環境下
・連続1時間以上、または1日4時間を超える作業
以上、どちらの条件も満たす作業が対象となります。
屋外・屋内、業種、職種の区別なく適用される条件です。
①熱中症患者の報告体制の整備
「熱中症の自覚症状がある作業者」や「熱中症のおそれがある作業者を見つけた者」がその旨を報告するための体制整備および関係作業者への周知が義務付けられています。
報告を受けるだけでなく、職場巡視やバディ制の採用、ウェアラブルデバイス等の活用や双方向での定期連絡などにより、熱中症の症状がある作業者を積極的に把握するように努めることが必要です。
②熱中症の症状悪化を防止するために必要な措置の準備
熱中症のおそれがある労働者を把握した場合、迅速かつ的確な判断が可能となるように次の項目の作成、周知等を行います。
・事業場における緊急連絡網、緊急搬送先の連絡先および所在地等
・作業離脱、身体冷却、医療機関への搬送等、熱中症による重篤化を防止するために必要な措置の実施手順の作成および関係作業者への周知
6.まとめ
熱中症は、企業の適切な対策によって予防が可能な労働災害の一つといえます。
労働者派遣という特殊な二重構造の中で、派遣元においては「現場の管理は派遣先だから」、派遣先においては「あくまで雇用しているのは派遣元だから」などと、双方で責任を押し付け合うのではなく、それぞれの役割を理解し、強く連携して取り組むことが大切です。
これから本格的な猛暑に進んでいくなか、熱中症対策を単なる季節的な対応とすることなく、企業の安全衛生管理の一環として継続的に取り組むことが重要です。
派遣元・派遣先が密接に連携し、派遣労働者が安心して働くことができる職場環境を作ることが、労働災害の防止と企業の信頼に結び付くものと考えます。
